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武満徹 『海へ』 アルトフルートとギターのための を聴く、演奏する その1 [Classic]

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 宇宙の時間を一部分を切り取ったような始まりも終わりもない音楽
これは武満徹が自らの音楽のありようを語った言葉であるが、海も彼にとっては当然宇宙の一部で、宇宙に連なるものであったはずだ。宇宙も海(の底)もかなり絶望的な沈黙の世界である。反面、宇宙は饒舌でもある。おびただしい電波や放射線、飛び交う星間物質。そして海も50億年の進化の末の遺伝子のスープとしての饒舌さを持つ(その遺伝子はいみじくも宇宙に由来するという)。その饒舌な沈黙と孤独に耐えがたくなったとき、武満徹の音楽は求められ存在を始める。沈黙と測りあえるほどに。
 たしかに武満の管弦楽作品は宇宙を感じさせるものが多い。実際その名も『カシオペア』だったり、『オリオンとプレアデス』だったりする。しかし彼の愛したフルートとギターの作品では妙に人間くさい曲が多い。それは『ひとの声』だったり『巡礼』だったり『エア』だったり『12の歌』だったりする。そしてこの『海へ』も、とても生物学的な曲だと思うのだ。
 『海へ』は氏の作品の中でも異色な部分が多い。まず、短い曲なのに3部に分かれて構成されている。ドビュッシーの『海』を意識したものとも受け取れるが『海』はここでは音としては片鱗も現れない。また1,夜 2,白鯨 3,鱈岬と曲が進むにつれてリズムと和声に特有の強いモーションが現れる。これは宇宙的時間の音楽を自他ともに認める武満の作品としては異例の賑やかさである。また3種類ものバリエーションがあり、ギターとのオリジナルに弦楽とハープの『海へⅡ』、ハープとの『海へⅢ』がある。これは彼がこの曲を非常に気に入っていたということでもある。
 ドビュッシーの『海』が海岸からながめた海面や風の時間的な変化をスケッチした作品だとすれば、『海へ』は海の内部でおこる有機的な現象を音にしたものだといえる。単なる標題音楽や描写音楽ではないという反論はあるのは承知だが。そしてさらに言えば自分にとって『海へ』の視点(があるとすれば)の主体の一つはクジラだということが意識から離れない。それは彼自身がこの曲について語った「できれば鯨のような優雅で頑健な肉体をもち、西も東もない海を泳ぎたい」という言葉によって刷り込まれたものだが。
 具体的にこの曲のいくつかのポイントを拾い集めてみる。
 まずフルートに関しては同音異響ともいうべき音の使い方が特に目立つ。声も楽器の音も基本的にはベルカントであることを要求する西洋音楽の原則を逸脱するようなフルートの音が多用されるのだ。ホロートーンといわれる特殊奏法で、それは
1 音色を曖昧にする(音の透明度を変える)
2 音程を曖昧(やや低めのことが多い)にする
という2種類がある。
 また特殊な指使いによる曖昧なトゥリラも多い
 ホロートーンやホロートーンのトゥリラは氏のフルート音楽では比較的多用されているのだが、この『海へ』に限っていえば、ふつうの音からホロートーン、またはその逆の動きとして使用されることが多い。これは自分には「海中から空気中へ、またはその逆の動き」の描写、または光が水中から空気中に射出するときの屈折率の表現や光速の変化の表現、それから混沌から純粋世界への移行(又はその逆)の表現に感じられる。弦楽ではもっぱらエーテルのなかを進む光が重力場にねじ曲げられる様を表現したような音使いが多いのだが、フルート音楽ではより具体的で地上のニュートン力学につらなる古典物理学的現象を表現しているかのようだ。
 たとえば第一曲の「夜」冒頭でフルートのA音(アルトフルートではD音)のホロートーンからふつうの音への移行がppp(無音)からの長い大きなクレシェンドをともなって、ギターの和音に合流する。
 これはまさにクジラが深い海からゆっくり浮上し、夜の海面に静かに達し、泡と波紋が拡がり、それを月が照らし出したという描写だといって大きくはずれてはいないのではないだろうか。(この場合のホロートーンは1のホロートーンが適切であろう)
 こんな風に考えると『海へ』にはかなり明確(正確)な映像のオプチカルトラックを付け加えることができると思うのだ。ちょうど武満徹がおびただしい映画音楽のサウンドトラックを制作したように。ギターの和音からフルートのホロートーンが現れるところは海底に射す一条の陽光だし、ホロートーンのトゥリラが徐々に普通の楽音に変わるところは波紋の収束だったり、風がやみ、凪ぎわたる水面。ギターの純正律からホロートーンでフルートが音程を逸脱するところは無機物から有機物が発生する場面だ。このようなことは思いこんでしまうともう変えられない。
 音楽を言葉にしてはならない。映像などもってのほか。予断を与えるな!なんて叱られそうなのでこれ以上はやめるけれど・・・・。
 最近youtubeには外国で演奏された『海へ』の投稿が多い。Toward the seaで検索してみて欲しい。みんなひどい演奏だ。コメントも「これってニンジャの音楽だろ」「いやこの音楽はLoveだ」なんていうすごいもの。
 武満徹は宇宙でにやにや笑っているのか。ダメです!って怒っているのか。わからないけれども。
 次はこの曲の演奏についても書いてみようと思うのだ。
 いよいよ明日。海へ初演コンビの再演。小泉浩 武満徹生誕80年記念コンサートはこちらへ
http://web.me.com/herosia2/koizumi/concert.html
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