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The solo ソロ サクソフォン パーフォーマンス [jazz]

 テナーサックスのソロ(無伴奏ね)をやらかしてしまった。滅多にないことだし、顛末を記録しておこう。
場所は大久保にあるNPO、アリラン文化センターのライブラリ。
 昔からの知り合いがそちらの理事さんで、そこから話があった。それで無謀にもやらせていただいた。
だいたいサックス吹きに言ってもなかなか事態が理解されなかった。(本当に一人だけでやるのー?)
本番でも語ってしまったけれど、ワンステージ、無伴奏サックスで呼ばれるとしたら、2つの可能性しかない。1つ目はプロモーターが恋人の場合。2つ目は演奏者がロリンズの場合。今回はそのどちらでもない。もっとも大谷石の採石場跡でバッハのチェロ組曲ならありだけど、今はまともに吹けるのプレリュードだけだもの。やっぱジャズで勝負だ。
 それでプログラムを練った。一応(お約束らしい)「アリラン」をプログラムに入れて欲しいということが先方の希望にあった。それからいつもクインテットでやっているような曲は不可能だし。お客さんにはサックスはおろか普段ジャズを聴かない人も想定される。これは聴く方は現代音楽の初演並の体験になることだろう。それにムード音楽をやる気はまったくない。若いもんはサム・テイラーも知らんだろうしな。そして、はなっからこちらの頭にはロリンズしかない。まね出来ゃしないのに貧困な先入観である。サックス大中小にフルート大中小をずらっと並べて驚かすという手もあったが、キワモノっぽくなるしな。で・・・。
 1曲目は「Moritat」(Mack the knife)に決定。シンプルな歌物でキャッチする作戦である。初っぱなからフリーキーなブロウで聞き手を諦めさせるという方針もないではなかったが、ゴーシュもいきなりインドのトラ狩りは弾かなかったのだ。
 2曲目は「God bless the child」。ロリンズから抜け出せない。バラードは必須だとは思っていたので。ピアノがいないイメージで選びやすかった。しかしジム・ホールは偉大だとつくづく思うのであった。
 3曲目は「Airgin」。速い曲だが進行が美しいのでコードトーンを中心に固めていけばそれなりにおもしろいので。しかし知らない人には訳分かんなかったよなあ。この辺でロリンズと大久保の関係についてとサックスの歴史の講釈をたれる。
 4曲目はCharles Lloydの「Requiem」。後で聞いたらこれが一番印象がよかったらしい。9.11の曲だ。だんだん社会派っぽくなってきた。
 このあたりでアリランだが、ただやってもおもしろくないので自分のマークⅥの元の持ち主の在日2世のK君のアメリカ行きに係わってこの楽器を買い取ってあげたことなどをお話しして、「Basin st blues」、 「アリラン」、そしてロリンズと同じ年で1月違いの誕生日の武満徹の「翼」のメドレーにした。このときソプラノサックスもサービスというか苦し紛れに吹いた。model26の登場である。この楽器は音程が84歳なので無伴奏でもないと出番が無いのだ。
 8曲目は「Nearness of you」。これも初めての曲だが吹きやすい歌物だ。
 9曲目はスタッフの女性からもリクエストがあった「St Tomas」。ロリンズで締めることになってメデタシ。このまま終わろうと思ったがアンコール(やっぱり義理で求められるのよね)で「Everytime we say goodbye」。蛇足だった。失敗したし。

 途中で酸欠(ソプラノの時は過呼吸)になったが頭の中は意外とクールでアドレナリンがよく出ていたなあ。ランナーズハイの状態。
 1時間無伴奏で吹けるっていう自信はついたけど。もう一回やれっていわれたら・・・まだネタはあるのでプログラムは組めるぞ。でも当分ご勘弁かなあ。せめてギターとくらい一緒にやらせてくだされ。
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新春コルトレーン2 Say it (over and over again ) [jazz]

調子に乗ってSay it である。
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Say it (over and over again)←試聴クリック

情景
 トレーンは手持ちのオットーリンクを全部壊してしまって途方に暮れていた。過ぎたるは及ばざるがごとし。もう一けずりでもっと抜けるという欲で、おびただしいトーンマスターの真鍮のくずの山を作りあげていたのだ。もっともルディ・ヴァン。ゲルダーはどんな音でもいつものトレーンの音にする自信はあったのだが、肝心のトレーンはやる気をなくしていた。苦し紛れにセルマーのラバーのマウスピースなども持ち出し、ライブでは使い始めていたようだ。もっとも我々にはすべていつものトレーンの音にしか聞こえないのだが。
 とにかくいつものレコーディングを勧めることは困難な状況にあったので、我々はBalladsの曲集の録音を提案した。彼は不本意ながら乗ってきた。彼の「アグレッシヴな演奏より安全運転が出来る」という目論見と合致したのだ。彼は(特に極東地域などでは)こちらの方が売り上げが見込めるなどとは夢にも思っていないのだろう。特に低音域に不安があったので、高音域を多用した別のアプローチで取り組むことにも納得していた。その結果、ロリンズで名高い”You don't know what love is”はかえって彼らしい曲作りとなった。しかしこのアルバムの録音は2年越しとなり、インパルスとの契約遂行のためにはまた別の録音を充てなければならないことになった。
1962年 ボブ・シール談(フィクション)

*リードがへたっていて音色もピッチも上ずっている。先週のをつけっぱなしにしていたのがよくなかった。イコライザーでハイ下がりにした。前回と同じ曲だと思う人がいるかもしれないが、まあほとんど同じである。

お言葉 天皇マイルス論 [jazz]

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 最近人前で「うれしく思います」って言うのをよく耳にする。だいたいが若者で、中学校の生徒会長が集会で使っちゃたりする(教師はちゃんと指導しろ)。あとは新成人とかね。中年以上で使うのはよほどの人だと思うけど。町内の運動会でおばさんが言っちゃったりする。ていねいな言葉だと勘違いしているんだな。
 この「お言葉」は自分の判断を表明することが出来ない(または恐れ多くて頂けない)とされていた天皇のために宮内庁の役人が作文で使った言葉で、フツーの日本語じゃないのね。正しくは「うれしいです」とか「よかったです」とか「うれピー!!!」ってそう言えばよろしい。まあ皇室の言葉が流行すれば日本国としては本望かもしれないが。
本来不敬として右翼の攻撃対象になるんじゃないのか?。このことと外来(しかも北米だぞ)侵略生物のブラックバスに対して右翼諸君が比較的寛大、いな友好的であることが私は実に不思議である。
 このように戦後、非常に発言を制限され、無味乾燥なお言葉を述べさせられ続けてきた天皇陛下(このばあい昭和、裕仁氏)であるが、もともと言葉や歌(詞)と祭祀によるまつりごとを生業とされてきた方々である。この方々の言語感覚は極めて正確、鋭敏である。予期せぬインタビューなどでは本領を発揮し最高のアドリブを繰り出す。
 もっとも印象に残っているのは記者に自分の戦争責任を問われたときの答えだ。「文学の方面にはくわしくないのでお答えしかねる」と言う意味のことを言われた。この言葉は重い。「文学」という発言が即ち真実や真理、絶対善を意味する事はこの方にとっては自明であったろう。この言葉を翻訳すれば「私はクロでしたけど、戦後それなりにがんばっている」である。もし「そのような政治的判断はしかねる」と答えられたなら「わたしゃ政治利用されただけだ」という意味になっただろうが・・・。実は殉死者が出てもおかしくはない発言だったのである。もっとも当時自分は若造で「何を生ぬるいことを言って」などと思っていたのだが。昭和を生きることで私の文学力も高まったのだ。
 それから印象深いお言葉がもう一つ。お供の者が「雑草」という言葉を使ったとき言われた、「雑草という名前の植物はございません」という発言である。これは牧野富太郎も感動したと思うのだが。人間宣言をしてから幾年月、ついに民草のまえで基本的人権と主権在民を肉声で叫ばれた瞬間ではなかったろうか。 
 コルトレーンは公爵(デューク)に「なぜ練習したことしか演奏しないのか」といわれた。天皇のアドリブはそれに比べればマイルスのワンフレーズに匹敵する。マイルスはジャズの帝王と呼ばれた男であるが、実は天皇はマイルスだったのである。
 民主党に対して天皇陛下を政治利用しているという批判を自民党はよくするようになった。いままで天皇に何も言わせないことで散々政治利用してきたくせに。
 自民党の教育の御用何たら委員になった将棋指し(内弟子の女流棋士と不倫していた)が園遊会で「日本中の学校において国旗を掲げ国歌を斉唱させることが、私の仕事でございます」と得意そうにいったとき「強制はよくないでしょう」という意味のことを現天皇は仰った。いまだにその将棋指しが恥じて自死しないのが不思議である。
 今回は結論はないよ。古文で決まっている最上級の丁寧、謙譲、尊敬語は使用していないがあしからず。
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Swingin Coconuts live at Someday スウィンギン・ココナッツ ライブ アット サムディ  [jazz]

ココナッツが単独ライブをやった。
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photo by Yoichi Amakawa
136人入ったそうな(サムディ発表)。6人立ってたのかあ?演奏している方は充分おもしろかったのだが、後で演奏を聴いてみたらそれはもう冷や汗もので、空調の悪さもあり、さぞや満場の一般客ならびに家族、友人、愛人、部下どもは迷惑だったことだろうなあ。でも音も上げちゃうぞ。あと映像も上げられちゃう時代だかんな。
曲名をクリックすると私にあまり責任のない曲の場合、聴けるかもしれません。

1st set
LAZY BIRD
CENTRAL PARK WEST
DECOUPAGE
GUMBO STREET
DOLPHIN DANCE
SISTER SADIE
MAIDS OF CADIZ
MANTECA

2nd set
DIRECTIONS
SOUL INTRO~THE CHICKEN
THREE VIEWS OF A SECRET
MR.FONEBONE
LIBERTY CITY
HAPPY BIRTHDAY FOR Mr.H (51)
ELEGANT PEOPLE
BLACK MARKET

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フレディー ハバード [jazz]

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 訃報から始まる元旦もいいものだ。
 朝刊に小さく出ていた。用意された長めの特集記事が多い中にひっそりと。
 出会った頃の評価は「サックスのようにトランペットを吹く」というもの。必ずしも褒め言葉ではなかったが、やはり異才だったろう。本当は彼にしかできないトランペットフレーズだったことを世界中のTp吹きは思い知っていたはず。
 その後、彼は譜面を読めないTpだといわれた。実は彼は読まなかっただけで、やはり誰にもできないことだった。それはジャズのみならず音楽の本質への最短距離なのだから。難しい曲でも一度のリハーサルでリフも進行も完全に把握できたという。楽譜が読めるようになるとアドリブはつまらなくなるものだ。こういう経験はよくある。
 サックス吹きが2管でアレンジするとき、想定するのはクリフォードか、モーガンか。ちがうな、フレディーだろう。下でハーモニーをつけて一番気持ちがいいのは彼だ。マイルスはおっかないしね。ただしソロでは完全に食われる。それでもジョージ・コールマンは幸福だっただろう。
 日本でジャズフェスが等身大で文化現象だった時代、あるジャズフェスでタモリがステージでロングトーン比べをしようと提案した。かれは胸を指さし「ラッパはここで吹くんだ、おまえにはハートがないのか」とのたもうた。体育系Tpとも言われたが誰よりも繊細だった。
 晩年のある時期、彼は唇に障害を持った。トランペット奏者は基本的にスタイルを変えないので自分のフレーズを吹こうとするのだが、それを完全に音にできない。見ていた我々はその音を補完して聞くことができた。それは最盛期よりも感動的だった。彼には屈辱だったのだろうが。我々はいつもフレディーが好きだった。
 自分にとって彼の最後のCDはジョーヘンのビッグバンドにおけるソロだった。それは輝いていた。復活した人を見るとき、人はうれしいものだ。
 あの世でマイルスはうるさい奴が来たなあと思うに違いない。この世代を失うことでジャズはまさに命を失うが、古典としての価値は揺らがないものになっていく。それは寂しいが、歴史とはそういうものだ。
 
 

モダンジャズの 遠藤バンド ライブ情報 [jazz]

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 モダンジャズの遠藤バンドが、もう何年ぶりか忘れたけれど他人のふんどしでライブをやることになった。自分のフンドシでやりたいものだが腰が重すぎてはけないのね。でも練習は盆と正月以外は毎週やっていたというのだからあきれたものである。
日時 7月13日(日)午後6時30分
場所は 池袋Independence
http://jazz-independence.com/frameset.htm
であります。
遠藤 治(p)
阿部 浩(ts)
山内 ケンジ(tp)
原瀬 裕孝(b)
天川 洋一(ds)
曲は誰も知らないショーターの曲とか、みんな忘れたホレスシルバーの曲とか、が多そうであるが、その時にならないと決まらないの。

ソニーロリンズ Sonny Rollins 2008 日本ツアー [jazz]

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日々、ロリンズの上っ面だけをまねたような事をしている。自分にとって彼はもはや形而上の存在であった。それだけに生のロリンズに対する飢餓感のようなものが高まっていたことはたしかだ。以前、ロリンズを生で聴いて、同時代に生きているということだけで満足してしまっていたのである。この間、ラストツアーだとか何とか聞いてもさほど聴きたいとは思わなかったのだが今回は違っていた。ロリンズにあわなければ生きている意味がないというほど飢えた状況になっていた。
 77歳だという。初めて聴いた頃は40代だったはずだ。日本公演のモヒカン刈りの逸話がなつかしい。今回、不安はあった。だめだったらそれはそれで彼の人生を回顧しようというつもりだった。ところがロリンズは全く健在であった。うれしいではないか。若武者の頃、往年時と変わらぬ衰えることのないイマジネーション、インスピレーション。既成のフレーズとかリズムにこだわらない大きな音楽。それでいて完璧なハーモニーをつかみ、音楽を構成していく即興能力。すぐにでも家に帰ってコピーしたくなるカデンツ。とにかく何もかも完全だった。楽器でうたうとはこういう事だ。楽譜など超越しているのだ。
 ある意味でロリンズのコンサートは飢餓感との戦いである。始まったとたんに「もっとロリンズを!」ともだえるのである。バックには悪いが、聴き手にとってバンドはロリンズが休憩をとるための意味以外はない。図らずもその状況を埋め合わせるべくロリンズの音が次第に空間に広がっていく。落ち着いて聴けたのは3曲目以降からだろうか。「In a sentimental mood」が始まったときは感極まった。
 いつの頃からかソロパーフォーマンスでしかロリンズの神髄は見られなくなった事は確かで、今もそうなのだ。ニューヨークのMOMAでのソロ演奏は決定的だった。テナー一本でキース・ジャレットのレベルの音楽表現ができるのは彼くらいだろう。リズムもハーモニーもロリンズがすべて一人で表現してはじめて完結する音楽なのだ。だからイントロとかカデンツでソロになったとき、空間が変わる。その瞬間に客席も息をのむ。ボビー・ブルームはたまにジム・ホールになってくれてはいたが、それでもじゃまなのだ。それから実はロリンズを聴きたいと言う場合、4ビートを聴きたいのである。速いやつね。Strode rodeなんかやられたら腰抜けちゃうね。ゆるいカリプソばかり聴きたくないのね。
 それにしても東京フォーラムはひどい。メガホンを持った係員が何か絶叫しているのだ。おそらく列になってとかここから昇れとか言っているのだろうが、がなっていることしかわからない。一流のホールでこんなことをしている国があるだろうか。音楽を聴く気分が萎えてしまう。結局あんな大きなホールに人を押し込めることが間違いなのだ。
 しかしこのロリンズの余韻でまたしばらく生きていくことができるのである。

The Quartet. H-Hancock W-Shorter R-Carter J-De Johnette [jazz]


 ジャズをちゃんと聴きに行ったのは何年ぶりだろう。国際フォーラム行ってきました。特にホールAはこりごりだったのだけれど、今回は絶対聴きたいと思って。席はSでも2階席。ここから見下ろすステージは奈落の底のよう。双眼鏡もなかったのでアンブシュアはおろか、4人の顔も識別できなかった。でもでも良かった。ウェイン・ショーターも衰えを全く感じさせなかった。リポートします。
1 ドラムソロ〜So What  イン ベルリン状態。半音上がる所なんて全くわからなかった。ジョージ・コールマンだったら泣いて帰っちゃうぞ。
2 Maiden Voyage メシアン状態。原曲の痕跡ほとんどなし。このままだとちょっと疲れるなという感じがした。
3 I thought about you  ここでショーターがソプラノに持ち替えて、ソロ。(ぽへー)ここで参った。リフが始まったときには感極まってしまった。超スローのバラード。空間を切り裂いて構築される抽象絵画。
4 Seven steps to heaven ベースがイントロを弾くと背筋がぞっとした。マイルスがいる。自動的に耳がマイルスを補完してしまう。この演奏はこの曲をしょっちゅうやっている者にギリギリわかるという感じ。ショーターもハービー・ハンコックも4度というよりはセリーでアドリブしている。解決しないセブンスの美しさよ。
5 ショーターのオリジナル。変態っぽくていい曲だった。途中で変拍子になるのでショーター以外は譜面見ていた。誰か知ってたら教えて下さい。
6 Someday my prince will come あのペダルのベースとシンバルのイントロでやってくれました。またもマイルス降臨。ショーターの宇宙はマイルスの世界に開いている。
7 Eighty one      まさかの選曲。ショーターのストイックな散文的ソロ。ファン
キーなハンコック。このへんになると何をしているのか聴いていて全部理解できるような演奏になっていた。大サービス。
8 Bass solo〜All bluse カインドオブブルーから何と2曲も。ソプラノがマイルスのリフとそのインターバルをなぞる。
アンコール Foot Prints  きめてくれた。だらだらと終わらない。ずっと終わらないで欲しかった。

 悪名高い国際フォーラムだが、PAの音が良かった。このバンドは小さい箱には入りきらない。ある程度の空間があった方が音に浸れるようだ。それにしてもショーターは今までで一番いい演奏をしていたように思う。全員そうだけれどね。素晴らしかった。
 それに引きかえ客はひどい。ちゃんとわかって聴いている人はほんの少しだったと思う。マーラーの演奏会だったらほとんどの人が理解していると思うのだけれど。こちらは逆転少数という感じ。何のつもりで来てるのか。自分の仲間がほとんど来ていないのだから当然か。連れの女に「年取るとこういう演奏になるのかね」とか見栄はっていたオヤジとか、「サンタナの方がラテンだから乗れた」とか勘違いしているおばさん。「タンギングもしないであのサックスやる気あるのかね?」と威張っている青年とか、まわりじゅう最低の客。マイルスも浮かばれまい。
コンサート評価☆☆☆☆☆  
バンドで感動を忘れないうちに曲を演奏してみた。
Trivute to The Quartet
1. I thought about you
http://homepage.mac.com/herosia2/music/ithoughtab.mp3
2. Someday my prince will come
http://homepage.mac.com/herosia2/music/someday.mp3


アリーからモンクへ アメリカの理想は変わったのか [jazz]


”Ally MacBeal”  邦題「アリー my love」。なぜか主だった音楽関係や職場の友人で見ていた人は皆無だった。写真は日本では2000年放映のシリーズ2の第18話のものです。この回は最高の出来で、バリーホワイトが出るお気に入りの回。昨日ヴィデオの整理をしていて偶然これが映ったのです。なんだか胸にこみ上げるものがあった。
 あの頃、毎日はジャズだった。ブレッカーもボブ・バーグも生きていてコピーしまくって。アメリカはいつか訪れることになるであろう遙か希望の地として輝いていた。アリーの働くボストンは、四季ごとに美しく描かれ、このドラマはドタバタはあったけれども主題はヒューマニズムだった。描かれていたアメリカの正義は目映かった。陪審員制度は「12人の怒れる男たち」以来、正しいものという確信を持って描かれ、それは繰り返すがヒューマニズムであった。正義が文学的であることを知った気がした。文学とは思想の科学だと思う。自然科学と違うのは便利な定理が少ないことと、結論を導き出すことに時間がかかることだろう。最近、妻子を惨殺された男性がテレヴィで弁護人や被告、司法制度まで糾弾する会見を目にする。本当に気の毒だが、正義とは何か、自分が立ち止まって考えられるのはアリーのおかげか。

 そして2001年の9.11テロ。そのとき崩壊したのは貿易センタービルだけではなかった。時を同じくしてアリーのシリーズがなし崩し的に終わってしまったのは偶然とは思えなかった。アメリカのヒューマニズムが崩壊したのだ。少なくとも自分の中ではそうだ。アメリカはおそらく死ぬまで行かない国になった。ジャズは死に(マイルスの死以来、既に死んでいたのだが)、悲しき玩具になった。日本はどうかというとニセ科学が横行する国になっちゃって。原発と一緒に自然科学まで崩壊しちゃってるけどさ。このことはいつかしっかり書いておかなくてはと思うけど、ばかばかしくてね。
 話は上の写真に戻るのだが、アリー(キャリスタ・フロックハート)のとなりに映っているのは、死の直後の植物状態の妻の腕を、離れがたいがために切断してしまった被告の男。彼は、トニー・シャルーブ、そうですモンクさんだったのです。
 ”Monk” 邦題「名探偵モンク」。これも今、シリーズ4が終わったところなのですが、なぜか友達はだーれも見ていません。モンクの精神科の主治医とアリーの主治医が同じキャストだということは気付いていたのだが迂闊でした。そういえば共通のキャスト、他にもいたなあ・・・。もしかしてアメリカの木下恵介アワーだったのか。でも名探偵モンクは最近のテレヴィ唯一の大ヒットです。
 強迫神経症のモンクがサバン的な記憶力、思考と推理で鮮やかに事件を解決していく傑作ドラマであります。(そういえばアリーの頃から急速に自分も精神科とは親しくなったのだが)。そこにはほとんどアリーに見られた複層的なヒューマニズムは描かれていない、自動車爆弾で死んだ妻を忘れられず、自己を見失い、ただ悪を憎む男が犯罪を解決していく話。しかしこのいわゆるアメリカ刑事物の特徴はその悲しみの描き方にユーモア(語源はヒューマニズムのことだったなあ)と自嘲があること。これは特筆すべきことだ。
 つまり、名探偵モンクのテーマが、テロの後遺症から立ち直ろうとしているアメリカ、それでも自分で悪と決めたら、あくまでも罰せずにはいられないアメリカであるとしたら・・・アメリカの作者おそるべし。本当にすごいことだが、これは考えすぎなのか。しかし、おそらくアメリカ社会を精神病理的に観測すれば正しい分析になるだろう。
 名探偵モンクにアメリカの最後の希望のともしびを見た、といったらオーバーですか。でも友よ、次のシリーズ並びに再放送は絶対見逃すべからず。アメリカ再生のカギは名探偵モンクにある(かもしれない)のだ。


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